今までは完成した作品だけで、とても舌ったらずだったのだと思うし、かっこいい所だけ見て欲しかったのかもしれません。本当に単純に、作品とはまた別の方法で表現でき、そこから何か感じてもらえたら嬉しいなぁと思い始めることにします。

切ない

過去への哀愁も、未来への希望も、今というこの瞬間に凝縮されて全てを同時に感じている様な感覚。
悲しい思い出には、きっと嬉しい思い出もくっついている
ものを作る人はクレイジーな人生、またはどうしようもない苦悩がないと、パワフルな作品を形作る事が出来ないと勝手に思い込んでいました。(これにもずっと違和感があった)
Saul Laiterの言葉「美しいものを見たい(仮)」
自分の中で出た違和感や疑問を避ける事ができず向き合わざるを得なかった自分(考えすぎる癖)。写真というものがあって私の場合は救われた。表現というものはものづくりだけの事ではない。

それなりに楽しく、それなりに色々ありましたが、今思い返すと、割とのほほんと平凡に暮らしていたのではと思います。でも今思うと、奥底の方に自覚していない違和感がずっとあって、もしかするとそれをずっとごまかしてきたのかもしれません。うまくすり抜けれるほど、気持ちを処理するのが器用だったのか、違和感を違和感と思わないほど鈍感だったのか。

今になってようやくスタート地点に立った様な気持ちでいます。

答えに近づこうとするほど、答えの境界線は拡がっていって、終わりがないことに気付く。きっと探そうとする事自体に意味があって、そうやってずっと作り続けていけるなら、それがいい。

自分に近づこうとするほど、自分という境界線は拡がっていって、終わりがないことに気づく。
答えは遠のいている気はするけど、それと同時にそれを楽しんで限りなく受け入れれる自分に気づく。

個人的なエピソードも沢山入ってくるのですが、
⭐︎もしかすると解釈の幅を狭めてしまうのでは、という不安もありますが、
どの様な物語を写真から読み取って頂くかは、私が感じたもの以外のものが沢山あるといいと思っています。

2009のきっかけからの年月は本当に一つ一つの出来事、一瞬一瞬が、自分を作る細胞の一部一部に日々なっている感覚。精神的にとーっても忙しい 笑。でもそう感じるのは、一瞬一瞬をちゃんと感じようとしているのかも。

玉ねぎの皮がもう少し剥けるかなという感じで、中には玉ねぎは入っていなくてプルンプルンの水なんです。(氷の例えの方がいい?笑)だからこれからも変化していくんだろうと思う。

自分の中に表現しきれない何かが常にあって、

● 日月記を始めるきっかけ、気持ちの変化
● 写真との出会い(初めての植物園フィルムの公開について言及)
● 写真(表現)と自分
⭐︎プロジェクト名も明記する(リンク)
2009年の母きっかけ・スタート(自分でも存在していると知らなかった扉が開かれる・全く新しい自分になったのでは?)
2012年にまとまり始め、プロジェクトが形作られる(自分が形作られる・自己セラピーの要素)
2013年、日本に帰国してからの新たな視点・感覚(全体と自分・禅問答/疑問・純粋な好奇心)
2019年、の「もの・その二」の完成を経て、新たなフェーズに入るんだろうと感じている。(自分と他人)
● まとめ

A Thing (Part 2)
18 – 24 September 2020|10am-4pm

Enri-An
2 Saganisonin, Monzen Zenkoji Yamacho, Ukyo Ward, Kyoto

It’s exciting to announce that I’m having a solo exhibition at KG+ from 18th September, which was postponed in this April. I’m presenting a new work at Enri-An in Arashiyama, Kyoto again, where I exhibited the previous work 4 years ago. The theme of Kyotographie 2020 is ‘VISION’. While Part 1 finished with ‘Everything is an illusion’, Part 2 became a journey to look for the meaning of a thing that doesn’t have a meaning.

‘Why are we here? Where did we come from, and where we will go?’ The curiosity to glimpse the mysteries of life was my starting point. And ‘A Thing’ is an attempt at physically and intuitively gaining insights into the nature of things, through my own experiences and senses beyond intellectual understandings. To open up a perception of the world and untangle the questions by using photography as a tool.